携帯からの情報の何割が 必需品なのか

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最近、夕方になると空が燃え上がるような色になる日がありました。

電車の中で見惚れて、周りの人も感動しているかと見渡してみると

多くの人は携帯に目を落としていて 空には気づいていない様子でした。

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□何割が必要な情報なのか

iphoneが普及してから、電車の中の私の視線はだいたい携帯に釘付けです。

以前は読書をしている頻度の方が多かったのですが、

通勤時間が減ってしまった今では、携帯を眺めている時間のほうが多くなってきました。

でも、時々目線をあげてみると春には満開の桜や、夏には新緑が見えます。

特に満開の桜なんてとっても見事なものですが

電車の中でその景色を確認しているのは、ほんの、ほんの数人だと思います。

といっても、そんな外の景色ばかり見ている必要なんて全然ないのですが

ふと考えてみると、携帯を眺めていても特に必要な情報があるわけでもないのです。

英語の勉強でもしてればいいのだろうけど、私が見てるのはSNSとか動物面白サイトとか

そういうものばかり。。。

でも見ちゃうんですよね。

□情報を集めるということ

ふと何かと何かの情報がつながって「おおっ!!」ってなることがあります。

もちろんインターネット経由で情報を仕入れることも多いのだけど、

電子辞書と、紙の辞書の違いみたいなもので

ピンポイントならネットのほうが便利かもしれないけど、

自分の経験を通してなら(その気になれば)周辺情報丸ごと取り込めます。

そして経験したことは忘れにくい。

時間を経過しても、視覚・聴覚・嗅覚で思い出すことがあります。

最近、携帯に頼りすぎてそういった意味での情報収集能力が落ちてる気がします。

□現実世界で人とのコミュニケーションを絶つ携帯

携帯があると、気軽に人と連絡がとれます。

昔、固定電話しかなかった頃と大違い。

夜分遅くに連絡するなんて、迷惑すぎて考えられなかったし

遠くの人とは電話代が気になって長時間会話することも躊躇するものでした。

が、今はLINEもあればSNSも携帯で見られます。

とっても便利!いつでもどこからでも連絡が取れるし相手の近況を知ることもできます。

けど、携帯を見すぎて隣にいる人との距離が遠のいていることがあります。

一緒にいるのに携帯ばかりみている家族・友人・恋人。

うっかりすると、携帯電話を相手にしているときの方が会話が弾むこともあります。

携帯を見ることが習慣になっていると、隣にいる人の気持ちを見過ごしてしまうかもしれません。

そして気がついた時には、もう隣には来てくれないかも。

□おわり

日ごろから色々なことに意識的でありたいと思っているものの

習慣化してしまっていることというのは、とても見えにくいものです。

それは「育ち」であり「個性」でもあるからです。

誕生日も迎えて、そろそろいい年なのでこれからの指針の1つとして

変なことを「習慣化」させないことを追加しようと思います。

大人になると注意してくれる人が減るから不便なものです。

気をつけなきゃ、人は離れていく一方。。。

ご高覧に感謝します☆

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