右と左、左優位の法律があった?
「右と左とどっちが上か」と聞かれたら、
直感的にどちらを選びますか?
「左」と思ったら日本人。
「右」と思ったら国際人。
というわけではないですが、
日本と海外では感覚が逆だとご存知でしたか?
右と左、どちらが上か下かって面白い感覚ですよね。
□日本人の感覚、「左」優位
「左」優位の考え方は、私たち日本人にはなんとなく刷り込まれています。
左大臣のほうが右大臣より偉いと習うし
上座も、入口から見て中央の人の左側が2番手になります。
さかのぼると『古事記』では天皇の祖神アマテラスオオミカミは
父神イザナギの左目から生まれているので昔から
左が上という考え方のようです。
でもこの「左」優位の文化、日本と中国くらいなものだとご存知ですか?
この文化、いつからできたのでしょう?
□世界は右優位
世界的には「右」が優位になります。
「正しい」を表す英語は「Right!」だし、首脳会議の立ち位置も右側が優位となります。
インド人が左手を不浄の手と定めているのも有名な話ですね。
昔の中国でも「人道者以右為尊(人の道は右を以って尊しとなす)」との
思想がありました。
一番日本が影響を受けたはずの中国までも右優位!
と思っていたら、日本も昔は右が優先だったようです。
飛鳥時代、推古・持統天皇の治世では左衽(さじん/左前)だったとの記録があります。
つまり、左が下になり、右が上になる着方をしていました。
※現代では、着物を着る場合は右衽(うじん/右前)です。
右の衽(えり)を身体につけて、左の衽を上にかぶせる着方です。
右利きの人は、懐の扇子や財布が取り出しやすい着方です。
ちなみに現代の「左前」は死装束になります。
□左を下げる言葉がある不思議
左が優位のはずなのに、「左遷(万葉集)」や「左降(続日本紀)」といった言葉があります。
どちらも中国で生まれた言葉で、「左降」は低い地位や官職に落とされることを表します。
なぜ、左の地位が上がったり下がったりするのかというと、
中国の時代や王朝によって右と左、どちらを優先するかに流行があったのです。
おおよそのところ、周時代には左を尊び、
戦国・秦・漢時代には右を尊び、この時代に「左遷」「左降」など左を卑しむ
言葉が出現ました。
そしてさらに時代が下って中国では儒教・道教・仏教・陰陽五行説の発達し
左が優位になってきました。
「天帝は北辰(ほくしん)に座して南面す」という思想で、太陽が昇る左側(東)が
太陽が沈む西より尊い、という考え方です。
唐時代(618~907年)には、ほぼ左優先になっていたようです。
□日本はいつから「左」優位になったのか。
日本は中国に合わせて臨機応変に対応してきたようです。
土偶も左前(右を上にする着方)の姿で発見されていますが
遣隋使や遣唐使の派遣とともに中国の文化に合わせるようになりました。
飛鳥時代には当時の唐の律令制を見習って左大臣を上位とする職官制が採用され
奈良時代に律令制度を定める際には、元正天皇の治世(719年)にだされた
「初令天下百姓右襟」との勅令(養老令)により、着物は右前(左が上になる着方)で
着るようになったそうです。
着物の着方が法律で決まったなんてびっくりです。
□おわり
なんとなく、社会人マナーで「上座」を叩き込まれると「左優位」を覚えますが
外国では真逆の右優位だということや、左優位の由来なんかは気にしませんでした。
でも、
その昔、地方豪族を抑えて日本を統一し、攻めてくる半島の国々とも戦い
「国家」として成立しなければいけない時代に
必死に大国中国と対等な関係を築こうとしていた当時の朝廷が
思想や礼儀、右だの左だの心を砕いていたのだろうと思うと
何か、感慨深いような気もしてきます。
ご高覧に感謝します☆